祭り

稲が実り収穫が始まると間もなく、アチコチの部落の角に大きな祭りの縦のぼりが2本建つ。
白の布地に黒字の文字。青い秋の空にそびえ、たなびく様は童心時代のワクワク感を憶える。
大人も子供たちもどこか普通の日ではないはずだが・・。

昭和の20年代、食も十分ではなかった時代、祭りは「ご馳走」と「出店での買い物」「神輿」が三点セットで
頭の中を横切る映像であった。
土手に咲く赤い彼岸花の色もくっついてくる。
収穫前の田には黄金色の稲穂がまだ立っている。詩人だ!?と思える程言葉が湧く。本当に不思議。
五穀豊穣の五穀とは米、麦、粟、豆、稗だが粟や稗は忘れている毎日。
特に、田圃の雑草として抜き捨て去る稗は気の毒な立場だ。
稲の中に分け入る夏の田圃での稗抜きはつらい。
抜かれることに抵抗しているがごとく稲の合間に根株を張る。
良く分からないが米があまり口に入らなかった時代、命をつなぐ大切な食品だったのだろうに・・。
漢方では五行説なる考えがある。その中にも五穀が出てくる。
薬食同源であろう。
五穀は全て力を合わせて人の生きる糧となっているのではないかと思う。
桃太郎の持つ「きびだんご」はその力、大なることを教えているのかも。
「豊受大神」「産土神」への「感謝の念」を綿々と繋いできた日本人だが・・・・。
年々、
祭りの日々が普通の日となりスーッと過ぎていく寂しさ感じつつ。