蟷螂生の時

六月の初めはバラ、紫陽花が咲き乱れ始めます。世の中の喧騒もどこ吹く風。我が家の庭も華やかになり、家内は息つく間もなく庭に庭にと出ています。忙しさの中に歓び感があふれています。今時期は蟷螂生(カマキリショウズ)ともいわれます。カマキリはどんな相手にもひるまず立ち向かう精気をもっているとか。コロナウイルス蔓延の時に少しあやかるのもいいのでは。自粛、ソーシャルディスタンス、ステイホームなどの言葉が次々生まれドンドン内向きの気持ちになっている昨今です。

漢方の世界ではこのような日々はますます陽気を失うと言われます。

先日は、お陰様でたくさんのソラマメ(空豆)の収穫がありました。天に向かい勢いよく育つ姿は体に力を注いでくれる気がしたので友人知人にお裾分けいたしました。

厄災を雛に託して・・

桃の節句も過ぎた。本来は中国の「上巳の節句」といい、自分に降りか厄災を流し雛にして流したのが、3月最初の「巳の日」だったらしいが・・。マスク、手洗い、また一部では熱に弱いので体を冷やす飲食を控えることも大切だとか。いかにしてウイルスという邪気が過ぎ去るのを待つのみである。

暖冬の新春に

早くも1月も半ば。

24節気の立春を迎えようとしているのに、まだこの冬の雪も見ない年は本当に珍しい。紀元前に書かれた医書「素問」は冬の3か月を「閉蔵の時」と。

つまり、あまりエネルギ-使わず貯めなさいと言っています。冬は五行説では腎に配当されています。腎は精を蔵しています。現代的にはホルモンであり、エネルギーでしょう。私たちの大切な大切なものが腎中あります。

暖冬はこの地方の産物である切干大根の乾燥にも影響しているようです。霜がなく北風が吹き抜けていくのに。我が家の日本蜜蜂たちも早や活動をはじめたようです。

春の花、食

春満開!! 春の嵐は桜の花びらを美しく辺りに漂わせる。
木の芽が一斉に伸びると同時に人の気も登り良くも悪くも心を乱す。
アレルギーのある方はツライ季節となる

相談の中にバセドウ氏病、橋本病などの病名がチラホラと耳にする事が増えている。
西洋医学的治療も困難を極めているのか?
これらの症状に東洋医学という物差しも当ててみてはどうだろうか?
少しでも緩和すると生活が明るくなり、春も心底から感じるのではないだろか?

私の野菜畑と家内の花壇。いずれも大地と天が育ててくれる。その中に私達は生かされる。
健康な毎日は、良い食事と穏やかな心ですこやかに送れるのだが・・・・
なかなか難しい。

せめて春の山野草を食してみよう

逃げる2月

真備町の水害から8ヶ月。
何となくブログ更新もせず、なんだか気力湧かず時が過ぎてしまった。
ボーっとして本の世界に逃げ込んだ感じ。

治療費5千万円とかいう抗がん剤が出てきた。
特定の癌に80%の治癒力があるという。
二人に一人が癌になる時代。
何とか生きたい思いはみんな同じだが、病人を減らす対策はなかなか注目話題とならない。
医療過誤が起きる数は年々増えているが、大変な数の患者を診る医療現場の対応はままならない。

ピンピンコロリの世界を真剣に考える時が来たといつも思い、、
漢方の世界は何か少しでも役に立てる世界があるのではないか。
癌細胞に対峙することは不可能でも、病気に罹りにくいか体を作り、症状を緩和し、気持ちの良い毎日が送れる一助になると思います。
正し、日々の生活を振り返って養生を今一度考えるという条件が伴います。

漢方は自然です。自然の恵みです。この世界に存在する物であり、力です。

病んでしまうと「早く治りたい」と誰もが思います。
けれども多くは感染したものではありません。

毎年、学校薬剤師として小学校5、6年生に話す機会を与えてくださるのですが、 この様な事をどう分かり易く話すことができるか?難しいです。
彼らが病気をせずに元気で成長してほしいと願うばかりです。

NHK番組ではないが「ボーっと生きてんじゃあ・・・」と言われないよう。
「去る3月」を過ごしたいですが・・・・如何になりますやら!

植物の姿

9月の始まりは台風の日々であった。
暑さも少し落ち着くので秋の野菜畑は忙しい。
土を肥やし、種を蒔く。
大根、水菜、蕪、白菜などなど。
不思議なことに私の顔色とは逆に色白が多い。

大根の種の重さ1粒10mgは成長して1kgになる。
それも数か月で。
人は多くの月日をかけて多くの命をもらいながら育つ。
成長のエネルギーを自ら作る植物の底知れぬ力。

五感を研ぎ澄ませて生きる時、新たな驚きに出会う。

秋茄子

秋茄子が採れた。
インド東部が原産地らしい。
正直なもので暑い夏の日照りで畑はカラカラになり、「早く水が欲しい」と訴えかけているようで何となく 可哀そうにさえ感じた。
毎夕の水やりは人の渇きまで鎮めるようだ。

盆が過ぎ朝夕は涼しさが漂う。
迎え火、そして送り火に先祖を思い感謝する事を孫たちにも伝えるひと時だ。

暑かった!

体のほてり感を茄子が癒してくれる。

豪雨災害に遭う

約一か月後、固定電話、ネットがやっと開通
ブログがアップ出来た。
7月6日の夜から倉敷市真備町は大変な水害に見舞われ、 その上、アルミ工場の水蒸気爆発が起こり、被害は追い打ちをかけた。
全国で起こる水害をTV等で何となく遠いことのように、また自分にとっては非日常の事として見ていたのだろうか?
友人知人の家が一夜にして泥水に埋もれ、そしてすべてを壊してしまった。

日本は自然災害が当たり前の国なのだと解っていても、なるべく考えたくない事として逃げていた。
天地自然の動きとしては本当に微々たる事なのに。
こんなにも甚大な事になってしまう。
これは要るもの、捨てるものなどの選択はない!!
当り一面捨てざるをえない災害ゴミの山が続く。

同じ倉敷市でも真備町と旧倉敷市内との景色はまるで天国と地獄図を見ているような感じに。 自然からは大いなる恵みを戴くが人間にとって都合の良い事ばかりではない。
「そんなこと!判っているよ」だが・・・・。

水没したこの土地に、我が家に残るのか?それとも・・・。
大人4人でやっと動かせる濡れた畳を運び出す日々。
人生の辛い選択がアチコチで行われている。
人の奥底にある力を信じたい。

ラベンダー

田植えの時も過ぎた。
夏至を越え、時は小暑に。

67年前、我が母は田植えの疲れか 早産で私を出産した。
母乳も出が悪く、産婆はあきらめて帰ったが、両親はあきらめきれず地元の医師を頼んだとか?
粉ミルクが高かったと話していた。

何代も続いた米作りはついに幕を閉じ
米蔵だけが残され、時の流れ移りゆくのを感じる。
百姓屋に生まれ、百姓生活と共に育った月日が頭の中を巡る寂しさはどうしようもない。

感情の留まりを「ラベンダーの香り」が癒してくれる時である。